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いいねこうべ


短かかったのか?!長かったのか?!今となってはようわかりませんが、今年であの朝から20年やそうです。現金なもので、ここ数年地元でもあまり報道されなかった阪神淡路大震災ですが、節目ということで今年はニュース番組などなどでよう取り上げられていたような気がします。……そう、あの年生まれた子が20才、ということは、地元でもあの朝を知らない人の方が増えた、ということなのでしょう、忘れてはいけない、語り継いでいこう、という趣旨の報道が多かったように思います。

実際のところ、あの朝から数日間の記憶は、途切れ途切れで混乱しています。
突き上げるような揺れで目を覚ましたものの、咄嗟に動くことができず、隣の2段ベッドの子どもらを支えに行ったダンナを見ながらうわぁーーと(多分)叫んでいたこと。窓から対岸の東灘の街のあちこちに火の手が上がっているのが見えたこと、ダンナ実家に電話が繋がらなかったこと。明るくなってからとりあえず車でダンナ実家に向かったこと、でもその時点ではあんなに被害が酷くなっていようとは思っていなかったこと。
そこからは、記憶はシェイカーでかき混ぜたように混沌としています。いっぱい泣いて、それでもここに居なきゃ、家族と一緒にここに居なきゃ、と思っていたこと。
多分……ヘタレな私にそう思わせてくれたのは、M子さんやRくんの存在ゆえだったように思います。
面倒見が良くて、きっぷがよくて、優しくて、温かかったM子さん。一族の孫の長で、みんなをかわいがってくれてたRくん。どうしてふたりがあちらに渡り、私が残ったんやろぅ?!考えても仕方ないことやけど、ずーっとそれを考えていたような気がします。(もし日中家族がバラバラな時間帯に地震が起きていたら…三途riverを渡っていたのは私らだったかもしれないよね、と。)
あの朝、私たちは住む場所が別々になってしまって会えなくなり、それまで良くしてもらった恩返しは、まだまだできてないけど、いつかまた空の向こうで会える時、私もこっちで2人に恥ずかしくないように生きてきたよ、と言えるといいな。そのように暮らしていくね。
ありがとう、そしてお互いがんばりましょう。

画像は大好きな町、神戸。「いいね」と「こうべ」をかさねたら「ねこ」が居た幸せ。





| 神戸 | 07:44 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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